コラム


東海豪雨

 こんにちわ。台風14号と前線の影響で東海地方はものすごい被害をうけてしまいましたね。ホントホントにたいへんなことになっておりますです。ハイ。
 わたしが住んでるところは岐阜県なので、全然被害は出てなかったからよかったのだけど・・それでも岐阜県内で死者が一人でてしまったり、停電になったりと被害を受けたんだけどね(汗)。ということで今回は恐ろしいあの恐ろしい集中豪雨についてちょっと書いてみたいと思います。

 東海地方がこんな水害にあったのは・・昭和34年の伊勢湾台風以来です。あの時も名古屋市内は床上浸水・床下浸水の水害がおこり、死者も大勢でました。その教訓を活かしてもう二度と決壊することのないよう庄内川などの堤防も作りなおされたらしいです。40年以上も前のことを覚えている人も多くはなかったでしょうね。
 しかし、自然の力というものはホントに恐ろしいモノなのだ・・ということを今回の集中豪雨はわたしたちに教えたというより・・教えこませたといっても過言じゃないでしょう。

 9月11日月曜日。たしかにその日は雨でした。といっても・・日中は普通の量だったように思います。それまで雨が降らなかった東海地方には恵みの雨でした。ホントやばいところまでいっていたんですよ・・水不足。
 あたしも名古屋で普通に仕事をしていたのだけど・・昼をすぎて夕方になるにつれて雨の量が半端じゃなくなったのね・・。「どうしよう・・このままだと電車が止まっちゃうかも・・」そう思ったわたしは定時で帰ることにし、す
ぐに地下鉄に乗りました。
 さて、名鉄(私鉄)に乗り換えようとした時には・・もう電車が止まってしまってたのよね・・(全線)。JRもほどなく全線止まってしまいました。

 結局わたしは友達と連絡がついて、近くの駅まで送ってもらうことになったのだけど・・このときほど土地の高い/低いを痛感したことはなかったです。
 下水の排水できる量はとっくに超えてしまって、あちこちから水が噴水のように湧き出しているんです。処理しきれない水はどんどん下に流れます。そう、ちょうど坂の下なんかに交差点ができてるので、交差点に水が溜まり始めて約20センチぐらいになってます。見た感じ・・池か湖を連想させました。そこを車が通るので・・水面はゆらゆら揺れてるし・・。本当に信じられない光景でした。道路でも低いところは水が溜まるので、3車線あろうが1車線ぐらいは使用できないって感じでした。マフラーに水が入ってエンストして動かなくなる車を何台見たことか・・。地下鉄にも水ははいりました。

 わたしが結局家にたどりつくことができたのは11時になってからでした。でもわたしなんかまだいい方。日付変更線を超えてから帰宅した人も・・帰れなくなって電車の中にいた人もいました。この日の時点で床上・床下浸水したところも相当あったようです。

 その次の朝、とうとう新川・庄内川・天白川などが決壊してしまいました。愛知県に降る一年の雨量のうちの約1/3が、たった数時間の間に集中して降ったんだもん・・決壊するのはあたりまえかも・・。当然電車は普通。道路も閉鎖。わたしの使う電車は、一番被害のひどい枇杷島を通って名古屋に入るために・・当然使うことができず、結局お休みになってしまったのです。

 今は水もひいたので電車が動くようになったのですが、水が使ったあとは残された土が白くかたまってこべりついてるみたいでした。駅の前に置かれてあった自転車は真っ白。こんなの見たことがありません。

 一度水に使った畳や家具、電化製品などはもう使用することができないと聞きました。当然作物はすべて全滅です。店の中にあった品物も使い物にはなりません。市場も止まっていたので、品物がお店に出まわらなくなったりしたそうです。一度水につかった車も使用不可。車両保険に入っていればいいのだけど、保険にはいってないと泣き寝入りをすることになるとか。車が水につかってしまった会社の後輩が落ちこんでました。

 わたしが見たこと聞いたことをちょっとだけ書いてみましたが、本当に被害にあったところはこんなではすまない状況になってます。今回の水害で思ったこと・・災害って自分で体験しないとたいへんさ、つらさは理解できないのだということ。自然は人間なんかで変えることができないくらい恐ろしい力を秘めてるのだということ。万一に備えて・・保険とかはかけておいたほうがいいということです。
 
最後に、もし家を建てるなら・・少々値段が高くても高台に建てましょう。ほんのちょっとの差かもしれませんが、水は必ず下に流れるのです。それが大量の水だったら・・考えればわかりますよね?これだけは肝に銘じておいたほうが絶対にいいと思います。

 水害にあわれた地域の方々へ(わたしの友達や同僚を含む)
 一日も早く復興できることをお祈り致します。