コラム


あるGTホースの死

 こんにちは。師走真っ只中・・かなーり寒くなってきました。部屋の中でも暖房器具がフル回転している今日この頃です。

 それは16日のことでした。駅の乗降口で電車を待っていたわたし。ふと見ると向こうに立っているオヤジな人が日○スポーツを読んでいたのでした。一面には大きく「ミスター」とだけ見えた。ミスターだけだと何なのかさっぱり分からない。わたしが「ミスター」で連想できるのは・・「ミスターシービー」という馬なのだけど、他の人なら「長嶋茂雄」を思いだすかもね。シービーは今北海道で種牡馬のはず。長嶋さんが何かしたのかな?なんてつい思ってしまった。
 さて、電車が来たので乗りこもうとした時、オヤジな方も一緒に乗りこんだのだけど・・その時に「ミスター」の全貌が明らかになったのです。一面にでかでかと書かれていたのは「ミスターシービー急死」でした。思わず「うそーっ」と声を出してしまう始末。電車を降りるとすぐにスポーツ新聞を買いに行くわたしでした。

 「ミスターシービー」という馬の名前を聞いたことがあるだろうか?ダビスタを一度でもやったことがある人は種牡馬で見たことがあるはず・・。そう、この馬は「皐月賞」「ダービー」「菊花賞」のG1をすべて勝った三冠馬なのです。超一流の競走馬といってもいいでしょう。実際にレースで走っていたのは82年から85年までの3年間だったので、わたしは実際にこの目で走る姿を見たことはありません。しかし、実際に見たことはなくてもこの馬のファンはかなりいるでしょう。
 この馬の人気の秘密は走り方にあったのです。彼の走り方は「追い込み」というものでした。スタートしたときは、いつも一番後ろを走っているのです。それが最後の直線になるころにはちゃっかり一番先頭を走っていて、そのままゴールへかけ抜けるという変わった走り方。強いことは分かってる。分かってるんだけど・・もしかしたら負けちゃうかも・・なんて不安にさせながら、結局勝っちゃう(笑)ビデオとかでしか見たことないけど、ホントすごいとしかいいようのない走りだった。わたしは菊花賞の走りが一番好きなのだけど。

 わたしはこの馬をこの目で見たことがあります。北海道へ種牡馬見学に行ったとき、彼は放牧されて草を食べていました。とてもレースを走っていたとは見えないようなおだやか〜な感じを受けた印象だった。威厳はあったけどね。
そんな彼も去年20歳になって種牡馬としての生活を終えて、お母さんのシービークインと一緒に千葉の成田で余生を過ごしていたそうです。

 彼の死因は、直接の死因は左前脚の蹄葉(ていよう)炎だったそうです。馬のツメ内部の炎症で、過食や、骨折事故などによる運動不足から血行障害を起こし患部が腐る病気で、有名なテンポイントもこの病気で亡くなっているそうです。なんか・・あの細い足で大きな体を支えなきゃいけないんだもの・・そういう病気になりやすくなるんだろうね・・。

 シービーが亡くなったとき、お母さんのシービークインが暴れていたそうです。やっぱり母と子の絆は大きいのね・・。20年近く会わなかった親仔なのに・・なんかそれを読んでいるだけで、涙がでそうになってきました。たった一年近くだったけど一緒にいられてよかったね。なんてそんなふうに思えてきました。
 シービーは一足先に天国へ旅だっているお父さんの元に行ったんだろうか?
シービーが死んでしまったのはすごく悲しいことだけど、わたしはあの走りを一生忘れないでしょう。どうか安らかに眠ってください。それと、まだ走っているシービーの子供達には是非頑張ってもらいたいです。

 20世紀の終わりになって・・ナリタブライアンが亡くなり、ハイセイコーが亡くなり、そしてミスターシービーが亡くなりました。なんか・・20世紀にホントに終わりを告げているような・・そんな気分になりました。

ミスターシービー 1980年4月7日生まれ
父トウショウボーイ 母シービークイン 通算15戦8勝