コラム


ちょっと視点をかえて見ているオリンピック

 こんにちは。秋ですねぇ〜♪確かに朝晩がすこ〜し寒くなってきたし、日が落ちるのも早くなったし・・すべてのものが秋色!?に染まってきてるっていう感じ。
 さて、秋といえば・・「読書の秋」「芸術の秋」「食欲の秋」「スポーツの秋」・・・あとなんだったっけ?(笑)ま、とにかくいろんな秋があるよね♪
 ということで、今回は「スポーツの秋」ってことで今の旬「オリンピック」についてちょいと書いてみたいと思います。

●古代オリンピック
 1896年に近代オリンピックが始まりました。その前身となったのは、古代ギリシアで行われていた「オリンピア祭典競技」、いわゆる古代オリンピックです。
 考古学的な研究によると、第一回大会が紀元前776年とされています。 古代オリンピックは、ギリシアを中心にしたヘレニズム文化圏の宗教行事でした。全能の神ゼウスをはじめ多くの神々を崇めるための神域における体育や芸術の競技の祭典だったらしいです。
 第1回から第13回までは一種目しか行われなかったそうです。その競技は1スタディオン(約191m)のコースを走る「競走」でした。それから「ディアロス競争」「ペンタスロン」「レスリング」「戦車競争」など種目が増えていったようです。

 紀元前146年、ギリシアはローマ帝国に支配されます。古代オリンピックはギリシア人以外の参加を認めなかったけど、ローマが支配する地中海全域の国から競技者が参加するようになって、かなり変貌しました。。オリンピックではないけど、ローマで戦車競争というと・・「ベン・ハー」の映画を思い出すのはわたしだけでしょうか?(笑)
 
 その後392年、ローマのテオドシウス帝がキリスト教をローマ帝国の国教と定めたことでオリンピア信仰を維持することは困難となり、最後の古代オリンピックが開催されたのは393年の第293回オリンピック競技大祭。戦乱を乗り越えて1169年間も受け継がれた伝統は終焉の時を迎えたのです。 

●近代オリンピックのはじまり
 1892年。フランスのピエール・ド・クーベルタン男爵は「ルネッサンス・オリンピック」と題する講演の中で、初めてオリンピック復興の構想を明らかにしました。その理想は次第に世界中の国々の賛同を得ることに成功し、18896年に記念すべき第1回大会が、オリンピックのふるさとであるギリシアのアテネで開催されたのが近代オリンピックの最初でした。

 約1500年間もオリンピックは空白の時代があったわけなのね。

 さて、オリンピックが開催される毎にさまざまな競技の記録更新がされているわけなのだけど・・どうやらこの頃って「肉体の限界に挑む」を一歩も二歩も飛び越えて「科学の進歩に挑む」になっていっているみたいなのが現状らしいですね。
 選手達にはそれぞれのコーチがついて練習してます。それに加えて科学者達も記録の更新についてお手伝いをしているらしいです。先日みたテレビでは、血液中のヘモグロビンが多い状態が記録を出しやすい状態なのだそうです。それで科学をふまえて、そういう状態に見合った練習メニューなどを行っていると聞きました。
 薬を使えばドーピングとして失格になります。誰だったっけ?ベン・ジョンソンはそれでオリンピックの金メダルを剥奪されましたね。それでは元もこうもないということで、ビタミン剤など体を活性化させるような物質をエネルギードリンクみたいなので補っているようです。そうやって科学の進歩に伴って、才能・素質のある選手をオリンピック向きな体に(ちょっと言い方悪いけど)作り変えていっているようなのです。

 確かにオリンピックって「記録への挑戦」です。いい記録が出るにこしたことはないけど、そこまでしなきゃいけないものなのか?なんて疑問が沸いてきました。オリンピックに出場するために・・そんな体になった人の中で、女性が男性ホルモンを摂取しすぎて、副作用!?で男の体になってしまった人がいました。ここまでくると・・自然の摂理をおもいっきし無視しているようにしかわたしには思えないんですけど・・。

 オリンピックって「参加することに意義がある」でしたよね?国のみんながたくさん応援します。応援にこたえたいのは山々だけど、自然の摂理を変えてまで・・っていうのはちと違うような気がしますね。特に今回は審判の誤審もあるようだし・・。

 オリンピックを開催するため名乗りをあげる国はたくさんあります。さまざまなメリットがあるからね・・。でも、ちょっと在り方について考える時期にきたのでは?
 わたしは今までみたく、オリンピックを見ていて素直に応援だけをする気持ちにはなれなくなったというのが今の現状かも・・・。